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卒業の予感 

僕の大好きなマンガ「硬派銀次郎」の文庫版のあとがきで、本宮先生が書いていた言葉があった。

「一番必要なのは『自分で決められること』。それが子どもにとって何より望んでいることなのではないだろうか。なので、銀次郎は中学生ながら完全に自立している男として描いた」

まったくのうろおぼえなので、このとおりではないのですが、こんなかんじです。


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この前(月曜日)、板橋Aくんは、ウツってて、空手をやめてずっと話を聞いたのはブログに書いたとおりだが、今日、行ったら彼が語りだしたことがあった。

「僕は精神年齢が中学生レベルなんです。
中学生で止まってると思うんです(中学の時にひきこもった)
自分が今まで『人が怖い』と思っていたのは、他の人たちに比べて、劣等感を持っていて、会うたびに、自分のほうが劣ってると思い、毎回敗北感を感じていた。

だけど、アダルトチルドレンの話をこの前したこともあったんですけど、それは僕が本当に中学生レベルで、それを認めるのが怖いと思っていたんだと思うんです。

ずっと、『中学や小学生の時の自分が最高だった』と思っていて、それと比べて、『今はなんでこうなんだろう』と思っていたけど、ずっと中学生のころの自分と比較していて、それは、進歩、成長がないはずだと思います。

今の自分は、本当に中学生レベルで、精神年齢も幼くて、でもそれは、変えられないことで、ずっとどこかでそれを認めたくなかったから、人が嫌だと思ったり『なんでこうなんだ』と思ったりしていたと思うんです。

でも、自分は本当に弱い。だから、自分を育てていかなくちゃいけないんだなと思いました。
本当は、楽しく生きたい。
でもそこに到達できないのは、今の自分が弱いからで、それを受け入れることができたので、目標ができたような気がします」


言葉は、本当はこんなもんじゃなくて、本当に心を打つ、というか名言だったのだが
「こいつ、こんなこと言えるんだなあ」
と、感動のようなものを僕は感じていた。
「成長したなあ」と。


彼はそれに関したことをずっと話していて、話し終わったとき「すごく疲れた」「自分の本音を言葉にできたのは生まれてはじめてかもしれない」「自分の言葉を誰かに」と言って、すごく疲れてへたりこんだ。



すごく、ナマの言葉だった。


「これで強くなったというわけでは全然なく、ただ『そうなんだ』と思っただけなんですけど、すごくラクになりました」



それから「どうしていけばいいんですかねえ」とか言うので
「どうしたいんだよ」とか言ってて「楽しくて、やりたいと思うこと」

「ジョギングとか…」
「釣りをやりたい」とかいう話になって(彼は地元で、ヒキっている間にも、地元の友達とかとときどき釣りに行っていた)
「あとスポーツをやりたい」

とか。


実際に、釣りの魅力などを話してもらって、僕が興味がわいて、彼も調べてくれてたのだが、だんだん(僕の悪いクセで?)「じゃあ釣りいこうぜww」とかなって、そこから少しウツなかんじになってきた。
オフとかやるにしても、A君が決めてよ、とか。


まあ結局、「おいとこう」ってことになったのだが。


帰るときに
「やっぱり、僕がやりたいことなのであって、誰かに、別にやりたくないと思ってる誰かにつきあってもらうのは違いますよね。
空手とかはそうだったと思うけど、今回のは違うと思う。

さっき、自分で探して自分で企画してみて、とか言ってて、すごい不安になって結局お流れにしたけど、本当に自分が『やりたい』と思ったら、怖くても、自分で仲間を探したり、企画したり、全部自分でやらなきゃいけないですよね。
それが、筋ですよね」


それから玄関前で、親の話などを語って…。


僕は話を聞きながら
「これは卒業が近いかもな」となんとなく思った。


僕の卒業は、「道場に通う」こととか勝手に自分ひとりで決めていたけど
彼の場合は
『自分で決めて、一人で動けるようになる』ことだよなあ…と。

そして、それは誰の場合だってそうだよなあ…と。



だから、自分の意見を自分から言って『決めれるようになりたい』と自発的に彼が言った時点で
たぶん

もう伴走は終盤なのだ。



わからない。

だけど、なんとなく、そんなかんじがしていた。



自転車の後ろを、押さえながら、ヨロヨロと一緒に走っていく。

行く場所も、行けそうなところも、僕が指示して、走っていた。


だけど、もう手を離してもいいころに近づいているな、と。



彼がどう感じているかはわからない。


だけど、なんとなく「もう手を離して、口だけで、バランスをもっと取って、とか、ハンドルを右にすればそっちに行ける」とか
それだけでいいような状態に近づいてきたような気が、ふとした。




彼は、はじめて自分自身と向き合ったのだ。

おそらく、ひきこもってから、もしかすると生まれてはじめて。


それなら

もうレンタル空手家として
口を出して、手を出して
自発性を目覚めさせることを
ときには失敗しながら
もつれあいながらしなくてもいい時期が来たのかもしれない。

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